IRINOの歩み

IRINOの歩み

創業100余年

当社は、2013年(平成25年)1月、創業100周年を迎えることができました。

大隈氏と松次郎の絆が、創業百余年の企業を生みました。

1898年(明治31年)、創業者 故入野松次郎が名古屋市替地町に鳶職として独立し、多くの苦難を乗り越え、鳶として土木建築に打ち込み成長していきました。この中で、1918年(大正7年)当時の材木店店主や株式会社大隈鐵工所(現在のオークマ株式会社)創業者の故大隈栄一翁氏の後押しを受けて土木建築業 入野組を設立し独立いたしました。

多くの苦難の時代に先人達が掴みとった技術や技能はもとより、お客様からの信頼の獲得は今に生かされ、弊社の拠りどころとなっております。創業100余年となる今日、多くのお客様の信頼を一層高め、更に精進を続け、次の世代に繋げていくことを決意します。

1875明治8年
11月10日 松次郎、入野藤七・しんの長男として出生
1892明治25年
大須界隈の興行師六建堀家(相撲やサーカス巡業)の小屋掛けする仕事に従事(九州にも赴く) ─ 松次郎17才
1898明治31年
名古屋市替地町に鳶職として独立
鳶として土木建築に打ち込み成長していく ─ 松次郎23才
1900明治33年
曹洞宗大本山永平寺山門改修工事に参加
永平寺門前の宿舎の当時志比谷村の村長 大久保家で長女のコハルと出会う(コハルは明治17年3月7日生) ─ 松次郎25才
1901明治34年
改修工事が終わり帰名した松次郎は親の反対を押し切り単身名古屋に出て来たコハルと10月9日に結婚 ─ 松次郎26才
1903明治36年
大隈栄一翁と出会う ─ 松次郎28才
大隈翁の工場と自宅の建設を請負っていた材木店の店主と一緒に打合せの際、九州弁の通訳を兼ねる(以前の九州巡業で覚えた九州弁が役立つ)
1913大正2年
松次郎、大隈麺機商会工場と自宅の建設に伴い入野組を創業 ─ 松次郎38才
1916大正5年
大隈鐵工所 布池工場から大隈への出入りが許可される ─ 松次郎41才
1917大正6年
明治34年10月9日に結婚以来、替地町で二人で苦楽を共にしてきたがこの年9月14日西区早苗町へ移転 ─ 松次郎42才
1918大正7年
大隈栄一社長および材木店主の後押しで土木建築業入野組を設立し独立 ─ 松次郎43才
1921大正10年
3月 入野秀次が入野組を引継ぎ大隈鉄工所の専属業者として重量運搬、機械移動、据付、分解、組立、基礎工事、其の他の施設作業等の仕事に従事
1930昭和5年
2月24日 西区菊井町へ移転
1933昭和8年
2月22日 西区早苗町へ移転
1935昭和10年
9月10日 西区則武町に住居を新築と共に、数軒の借家を併設
1937昭和12年
10月1日 行政区画変更により中村区に更正
1939昭和14年
正月を祝い入野組全員の記念写真を撮る
1940昭和15年
5月18日 中村区井深町3丁目1166番地に変更
1947昭和22年
12月20日 中村区井深町3丁目42番地に変更
株式会社大隈鉄工所(現オークマ株式会社)の発展に伴い入野組もまた昭和44年3月11日に有限会社入野興業に移行
1955昭和30年
大隈鋳造株式会社が設立されると同時に鋳物後処理・残土運搬等の請負作業も行う
1969昭和44年
3月11日 有限会社入野興業を創立 社長入野秀次
一般区域貨物運送業務開始
1972昭和47年
9月4日 名古屋陸運局長の免許を受け運送事業を開始
主として重量物の移動運搬、据付の一貫作業を目的に吸収し現在に至る
1974昭和49年
中京電気株式会社(現CKD株式会社)の重量物の出荷作業の請負開始
1978昭和53年
1月1日 新社長に入野英夫 就任
1986昭和61年
7月25日 本店を名古屋市北区安井三丁目7番40号に移転(535.53㎡)
1994平成6年
3月オークマ株式会社の早期退職技術者15名の参加を得て入野興業のサービス部門発足(営業内容/機械修理・精度測定・調整)
1998平成10年
7月 入野興業のサービス部門を拡充し、イリノマシンサービス株式会社設立
2004平成16年
9月10日 犬山事業所開設登記(969.83㎡)
12月8日 トラックヤード開設登記(1,212㎡)
2007平成19年
2月19日 トラックヤード拡張(833㎡・585㎡)
2008平成20年
9月15日 米国のリーマンブラザーズの破綻から世界同時不況に突入したが、社員全員の力で対応し乗り切る
2013平成25年
創業100周年を迎える
新たな時代への体勢を構築し推進する
2013平成25年
5月1日 株式会社IRINOへ組織変更
会長 入野英夫 就任
代表取締役社長 入野勝 就任
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